3行まとめ

1. 磐田市が「生成AIチャットボット」を**予算99万円(税込・初期費用込み)**で公募した

2. 仕様書の要件を読むと、ChatGPTなどの外部AIサービスは使えない。自前でAIを動かす必要がある

3. 自前AIの運用だけで年間90万円以上。99万円では仕様書通りのものは作れない

この案件について

2026年4月1日、磐田市が「磐田市生成AIチャットボット導入・運用業務」のプロポーザル(提案型の入札)を公告しました。

簡単に言うと、**「市のホームページの内容をもとに、市民からの質問にAIが自動で答えてくれるチャットボットを作ってください」**という案件です。

案件の基本情報

**案件名:**磐田市生成AIチャットボット導入・運用業務

**予算上限:**990,000円(消費税込み)── これは令和8年度分

**契約期間:**最長3年間(令和8年度〜令和10年度)

**稼働開始:**令和8年11月1日までに公開すること

出典:磐田市公式サイト

99万円と聞くと「まあそんなものかな」と思うかもしれません。でも、仕様書を読み込んでいくと、この予算で実現を求められていることのスケール感が見えてきます。

どんなものを作れと言われているか

仕様書には、以下のような要件が並んでいます。ITに詳しくない方のために、それぞれが何を意味するか補足します。

AIに関する要件(かなり高度)

セキュリティに関する要件(金融機関レベル)

運用に関する要件(24時間体制)

ここまで読んで「え、これ全部99万円で?」と思った方、正しい感覚です。

最大の問題:ChatGPTが使えない

「ChatGPT使えばいいじゃん」と思うかもしれません。でも、仕様書をよく読むと、それができないんです。

仕様書の規定(運用保守要件⑻) 「利用者が生成AIチャットボットに入力した情報を第3者に提供しないこと。」

これが何を意味するか、噛み砕いて説明します。

外部APIが使えない理由の図解

ChatGPTを使うと何が起きるか

市民が「ゴミの出し方を教えて」と入力すると、その文章はインターネットを通じてOpenAI社(アメリカ)のサーバーに送られます。OpenAI社のAIが回答を作って、それが返ってきます。

つまり、市民が入力した情報がOpenAI社(第三者)に送られていることになります。これは仕様書の「第3者に提供しない」に抵触します。

「学習に使わない契約」では不十分

「OpenAIと『データを学習に使わない』という契約を結べばいいのでは?」という意見もあります。しかし、データが第三者のサーバーを経由する事実そのものが問題です。自治体の個人情報保護審議会では、この点が確実に問題視されます。

さらに、他にも壁がある

仕様書のクラウド要件

「サーバの設置場所が日本国内であること」 ── OpenAIのサーバーはアメリカにあります

「日本の地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とすること」 ── OpenAIの利用規約はアメリカの法律に準拠しています

「契約終了時にデータを削除し、証明書を出すこと」 ── 外部APIに送ったデータの完全削除は証明できません

Google(Gemini)、Anthropic(Claude)のAPIも同じ問題を抱えています。つまり、主要な商用AIのAPIは全部使えません。

結論として、仕様書の要件を厳密に満たすには、自前でAI(オープンソースのLLM)を動かすしかないのです。

日本国内のクラウドで動かせるか?

仕様書はクラウドサービスに3つの条件を課しています:

  1. サーバーが日本国内にあること
  2. トラブル時の裁判は日本の地方裁判所で行うこと
  3. ISO/IEC 27017(クラウドセキュリティの国際認証)を持っていること

これを全部満たすサービスは、実はかなり少ないです。

クラウドサービス 国内DC 日本の裁判管轄 ISO 27017 GPU利用
AWS(Amazon) ○ 東京 × 米国法
Azure(Microsoft) ○ 東日本 △ 交渉次第
GCP(Google) ○ 東京 × 米国法
さくらのクラウド △ 高火力のみ
IIJ GIO ×
GPUSOROBAN
NTT Com (SDPF)

AWS・GCP は利用規約が米国法準拠で、**「日本の地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とする」**を満たしません。

つまり、国内クラウド事業者でGPUサーバーも提供している会社に限られます。現実的には「さくらの高火力サーバー」くらいしか選択肢がありません。

自前でAIを動かすといくらかかるか

外部APIが使えないなら、オープンソースのAI(Llama、Qwen等)を自前のサーバーで動かすしかありません。これがどれくらいお金がかかるか、見ていきましょう。

予算と実際のコストの差

どのくらいの性能のAIが必要か

AIの性能は「パラメータ数」で大きく変わります。人間の脳で言えば、神経細胞の数のようなものです。

AIのサイズ 日本語の品質 必要な機材 月額費用
小型(7〜8B) Llama 3.1 8B 等 簡単な質問はOK、複雑な質問は苦手 GPU 1台(NVIDIA L4等) 5〜10万円/月
中型(13〜14B) Qwen2.5 14B 等 やや不安定、曖昧な質問で破綻も GPU 1〜2台 10〜20万円/月
大型(70B) Llama 3.1 70B 等 実用レベル、仕様書の要件に近い 高性能GPU 2台(NVIDIA A100等) 30〜80万円/月

仕様書は「曖昧な問い合わせにも適切な回答を導くこと」を求めています。小型AIでは無理です。最低でも大型(70B)クラスが必要です。

コストの全体像

GPUサーバーの費用だけではありません。99.5%の稼働率を保証するには予備のサーバーも必要ですし、監視やメンテナンスの人件費もかかります。

費目 小型AI(最低品質) 大型AI(仕様準拠)
GPUサーバー + インフラ(9ヶ月) 90〜180万円 432〜1,125万円
初期構築(システム開発) 400〜1,000万円 500〜1,200万円
運用保守・レポート・研修 120〜240万円 150〜300万円
テスト・品質保証 80〜230万円 100〜280万円
初年度合計 690〜1,650万円 1,182〜2,905万円
磐田市の予算 99万円 99万円

最も安い構成でも、予算の7倍が必要です。 しかも最も安い構成では仕様書の品質要件を満たせません。仕様書通りに作ると予算の12〜29倍です。

99万円で実際にできること ── 「AI風チャットボット」

では、99万円で何ができるのか。正直に言うと、**「AIっぽく見えるけど、実はAIではないチャットボット」**しか作れません。

仕様書が求めるもの

99万円で実際にできること

会話例で見る違い

市民の質問

「来月引っ越すんですが、マイナンバーカードの住所変更って転入届と一緒にできますか?子供が2人いるんですが子供の分も必要ですか?」

生成AIチャットボットの回答

はい、転入届と同時にマイナンバーカードの住所変更(継続利用手続き)が可能です。お子様2人分も手続きが必要です。ご家族全員分のカードをお持ちください。

**持ち物:**転出証明書、家族全員のマイナンバーカード、暗証番号(4桁)

出典: 磐田市 転入届の手続き / マイナンバーカード住所変更

AI風チャットボットの回答

マイナンバーカードに関するお問い合わせですね。以下のページが参考になるかもしれません。

・マイナンバーカードについて
・転入届の手続き
・届出に必要なもの

ご不明な点は市民課(0538-37-XXXX)までお問い合わせください。

前者は質問の意図を理解して、「一緒にできるか」「子供の分はどうか」の両方に答えています。後者はキーワード(マイナンバー、転入届)を拾ってリンクを出しているだけです。

「AI風チャットボット」は仕様書違反です。 仕様書は「大規模言語モデル(LLM)を採用すること」「自然言語処理によって問い合わせ内容を分析し、適切で分かりやすい回答を導くこと」と明記しています。しかし予算99万円で仕様通りのものも作れない。つまり、どうやっても要件を満たせない「詰み」の状態です。

この案件の構造的な問題

予算だけでなく、プロポーザル全体の設計にも問題があります。

1. 価格評価がゼロ点

評価は170点満点ですが、すべてが技術点で、価格の評価はありません。80万円で出しても99万円で出しても評価は同じ。安くする動機がないのに、予算の上限だけが低い。

2. 資本金1億円以上で加点

資本金1億円以上の会社は5点が加算されます。99万円の案件に大企業を呼ぶ設計ですが、大企業がこの予算で本気で取り組むことはありません。

3. 「磐田市への情報提供実績」で加点

事前に磐田市に営業していた会社が有利になります。公募の公平性に疑問が残ります。

4. 翌年度以降の予算が未確定

「予算が議会で通らなければ契約しない」と明記。3年間使うシステムなのに、毎年打ち切りリスクがあります。

5. 報告義務が予算に見合わない

月次レポート、四半期リスク評価、週次サンプリング検査、年次研修...。これらのドキュメント作成・報告だけで人月単位の工数がかかります。99万円の案件でこれは実質「無償労働」です。

結論

予算99万円 ÷ 最低必要額690万円

予算充足率 約14%

この予算では、仕様書の要件を満たす生成AIチャットボットは作れません

これは「頑張れば何とかなる」レベルではなく、物理的に不可能なレベルです。LLMの運用コスト、クラウドインフラ費用、セキュリティ対策、人件費 ── これらは「工夫」で消えるものではありません。

では、どうすればいいのか

選択肢A:予算を適正化する

初年度500万円以上、運用年300万円/年以上に増額。これが本来あるべき姿です。

選択肢B:要件を絞り込む

99万円の予算なら、「生成AI」を諦めて既存SaaSの標準機能のみに限定する。24/365対応、四半期報告、研修、脆弱性診断は削除。

選択肢C:段階的に導入する

初年度は「実証実験」として限定的に開始し、効果を検証してから本格導入の予算を確保する。

**「安くていいものを」は、AIの世界では通用しません。**AIには電気代(GPU)・家賃(サーバー)・人件費(運用)という削減できない固定費があります。予算が足りなければ、要件を満たさないものができるか、赤字で受けた事業者が撤退するか、どちらかです。

自治体のAI導入を本当に成功させたいなら、まず「適正な予算」を確保することから始める必要があります。